アル夏ノデキゴト


「ソウデスネェ・・・」

憂智子(ユチコ)は物物しい雰囲気で答えた。

未だ外は薄暗く、顔色を白黒させた警備員達が子羊の様な声をあげてうろついている。

「私はそこまで難しく考える気は御座いませんし、余りに行き過ぎていると思います」

どうやら憂智子は子羊ではない様だ。

やがて地平線の向こうから使い古しのフライパンの様な太陽が昇った。

「そんな!!貴方は一体何処までお人好しなんですか!毎晩鈴蘭の水を飲まされる私の身にもなって下さいな!!」

みるみるうちに憂智子の足元に新鮮なゆで卵が転がった。

窓枠の錆びた小窓から黄色くて小さな鸚鵡(オウム)が回転しながら脚で硝子を突き破って侵入し、何事も無かったかの様に誰かに教わったらしい言葉を話し始めた。

「キリコサン ミドリ ミドリイロ イロ キリコサン」

憂智子の怒りは益々倍増した。携帯電話を握る手に力が入る。

「何ですって!!よくも!貴方なんか、マンホールの蓋にでも潰されておしまいよ!!弱弱しい貴方なんかより、マンホールの蓋の方がよっぽど美しいわ!」

外は既に赤みを帯びている。鸚鵡の瞳の色とよく似た赤に。

「ポロッポロンポロロッポロゥポロンポポロッポ・・・・・・」

憂智子の手は血塗れだ。余程握力が強いのだろう。自分の爪が突き刺さって居るのだ。

外の赤と、瞳の赤と、血の赤が溶け合っている。

「分かったわよ!!私に死ねと言うのでしょう!?ええ、死んでやりますよ!何度でも死んでやれば良いんだわ!!死ぬわよ!死ぬわ!死ぬのよォ〜〜〜!!」

そう言って憂智子が放り投げた携帯電話には電源が入っておらず、もう何年も前の機種だった。

「クル クル フルヨ フッテクルヨ ミドリイロ キリコサン キリコサン クル フル オチル」

「ほら見るがいい貴方!私が死ぬのよ!!地獄の底で泣き叫ぶといいわ!!!」

憂智子はベランダから身を乗り出した。

「キリキリキリコココフルオチルオチルクルクルキリリココクルフルオチテクルクル」

「あきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ・・・」

爽やかな笑みを浮かべて憂智子が落ちる。

その瞬間、世界は全て赤に包まれた。

未だ落ちきっていない憂智子の影がコンクリートに映し出された。

憂智子も、鸚鵡も、ベランダも、携帯電話も、ゆで卵も、何もかも赤しか無かった。

「キリコリコキタキリコオオチテキテオチタオチタタキタキタキリコオチタチタオ゛・・・」

「きゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃぎ・・・」







後には巨大な茸雲だけが静かに存在していた。